「現在進行形の命」
急性骨髄性白血病再発患者  山内 千晶 
 「再発してる。もう一度、頑張ろう。」2006年の2月。主治医からの電話に、私は何が起こったのか全く判りませんでした。何故?どうして?あの時、治したはずじゃない。自分の中に幾つもの疑問が不安と一緒に湧き上がってきて、震えながら主人に電話をしたことを、今でも覚えています。正直、初めて白血病と告知を受けた時よりもショックでした。
 私と急性骨髄性白血病との闘いは、2004年1月からになります。当時、医療現場で仕事をしており、長引く咳を心配した現場の医師に診てもらったことがきっかけでした。その日から8ヶ月、幸い私の白血病の病型は予後がいいとのこと。辛い治療ではありましたが、化学治療のみで無事、退院の日を迎えることができたのでした。それから、外来受診も問題なく、1ヶ月、3ヶ月と期間も空き、そろそろ半年空けようか、と主治医と相談していた矢先の再発。誰のせいでもないとは判っていても、主治医に「あの時、治ったと言ったくせに!」と泣きながら罵声を浴びせてしまいました。
 再発と聞いて、私の頭には即、骨髄バンクが浮かびました。何故なら、初発の時、すでに私の身内にはHLAの適合者がいないというのが判っていたからです。主治医にもすぐに登録をしてドナーさんを探すから、と説明を受け、また、私が助かるためには骨髄移植以外の方法は考えられない、ということも合わせて聞きました。主治医は混乱する私に「幸い、あなたのHLAは日本人では一番多い型だから、必ず見つかると思う。今はしっかり移植が受けられるように、体調に気をつけて、気持ちをしっかりもってほしい。」と言ってくれました。その時から、善意のドナーさんが現れるのをひたすら抗癌剤を打ちながら待つ毎日が始まったのです。
 待ち続けて1年。私より後に入院した人達がどんどん先に移植を済ませて、退院していく中、それでも「きっと、私にもドナーさんは見つかる。」と信じ続けて待ちました。中には「バンクでドナーが見つかるのは、砂漠に落とした指輪をヘリコプターで見つけるようなもの。」といわれる方もいましたが、私は必ず見つけてもらえると、ただひたすら信じるしかありませんでした。その甲斐あって、再発から1年経った2月末。主治医から待望の電話がかかってきました。「ドナーさんが最終合意のサインをしてくれたよ。今度の入院で移植できるから。よかったね。もうひと頑張りしよう。」その言葉に私はやっとドナーさんがみつかった嬉しさと、同時にこれから待っている死ぬかもしれない過酷な治療への恐怖を感じました。けれども、最終合意をしてくれたドナーさんのためにも、1年以上必死で私を助けるために、頑張ってくれた治療チームのためにも、何より私の帰りを待っている二人の娘、支えてくれている最愛の主人のために乗り越えなければならない、と決断しました。
 再入院は3月末でした。覚悟を決めて病院に入ると、治療チームの方達の様子が違います。「何かあったのかな?」とすぐに直感しました。すると、主治医がやってきて、主人と私にこう告げました。「移植は中止です。理由ははっきりいえませんが、ドナーさんの最終の健康診断で問題があったそうです。このドナーさんは、今後一年間は候補には挙がりません。もう一度振り出しに戻って、ドナーさんを探すことになります。」
 主人が主治医に何か詰め寄っているのは覚えていますが、あとは、よく覚えていません。ただ、移植が中止になった、ということだけが頭の中でグルグルと回っていました。気が抜けたというか、肩の力が抜けたというか、何も考えられませんでした。とりあえず、今回の治療でもう一度、抗癌剤を投与し、少しでも時間を稼いで、次のドナーさんを待とう、ということになり、私は予定通り入院をしたのでした。病室に入り、入院の荷物を解いていると徐々に頭が冷静になってきました。その時、思い浮かんだのは、中止になったドナーさんのことでした。そのドナーさんは、患者の都合さえよければ、骨髄採取は早くなっても構わない、と申し出てくれていたそうです。今回も最終合意のサインもされて、きっと自己血採取のために入院した際に、何かしらの問題が見つかってしまったのだと思います。私のような見ず知らずの赤の他人のために、健康体に針を刺すことを、人助けとはいえ、快諾してくださった方です。きっと骨髄も提供する気満々でいたことでしょう。それが、自分ではどうしようもない理由で中止になってしまい、どんなにかショックを受けておられるか。もしかして「自分が提供できないせいで、患者さんが死んでしまうのでは。」などと心優しいその方は自分を責めておられるかもしれない。そう思うと、私は中止にはなってしまったけれど、そのドナーさんに感謝することはあっても、決して恨む気持ちにはなりませんでした。むしろ「貴方の善意は十分、頂きました。ありがとう。私は大丈夫です。」と伝えてあげたい。
 患者や患者家族の中には、キャンセルになった時にドナーさんに対して心無いことを言う方もいます。命がかかっている立場として、その心情はわからなくはないのですが、患者側の理由で移植が中止になってしまう場合も、私のようなどうしようもない理由が発生する場合もあるのです。だから、私はそんなドナーさん達に、本当にその気持ちだけでありがとう、と大きな声で伝えたいと今も強く思っています。
 私は今、無菌室でドナーさんが現れてくれるのを待っています。抗癌剤治療は正直、辛いですが、一度は移植できるところまで行ったんだ、という事実と、今もなお、ドナー登録のために働いてくださっているボランティアの方々、そして何より、登録を決意してくれた見知らぬあなたがいるから、私は安心して待っていることができるのです。私の命は現在進行形。必ず未来に繋がると信じています。今もどこかで、私ではないけれど、同じ病気と闘う仲間が骨髄バンクのおかげで、命をつなぐことができています。だから、残念ながら移植まで行かなかった私のドナーさんを含めてドナー登録をされている方すべてにありがとうを言いたい。そして、同じように朗報を待っている患者仲間に、勇気をもって頑張ろう、といいたいと思います。